2007年9月18日 (火)

☆結婚10周年記念日☆

9月13日は私たちの結婚10周年記念日でした!!

翌日から記念旅行に行く予定もあったけど、やはり当日にも何かしなくちゃね!っという、ワタシpm-funの記念日大好き♪に後押しされて(?笑)記念日ディナーを今年もいただくことに!!

場所は去年と同じくCAFE LA COTE
(去年の記事 > http://we-are-precious.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_48b6.html )

今回もとってもオイシイ(*T▽T*)お料理のオンパレードでした。

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↑まずはお店の外観。
和風な感じのお店だけど、しっかり「イタリアン」です(^-^)b

P1010031     ↑こちらはキッズプレート、1500円。
このお店では、普段は白米を扱っていないのだけど、ウチの子供たちのために特別に用意して下さったんです^^

*ミネストローネ *アンデスポテトのフライ *マカロニサラダ *若鶏のコンフィ *ライス

P1010030↑大人用の特別なコース!3500円。
まずは帆立とサーモンのマリネ

P1010032↑ルッコラとモッツァレラチーズの冷製トマトソースパスタ

P1010033↑鯛の香草焼き

P1010034↑ピッツァ マルゲリータ

P1010035↑鴨肉のロースト アスパラとトマト添え

さてさてさてさて・・・
お次はお待ちかねのデザート^^

P1010036↑自家製ティラミスとプティング
右上にあるのはこども用のデザートで自家製バニラアイスクリーム

あと、私たちはコーヒーを、こどもたちはオレンジジュースをいただきました!!

                                                       

どれもスゴクおいしくて、量は多めだったけど、全部食べちゃいました(*^-^*)v
おなかいっぱい~動けへーん、って感じ。

お料理やデザートはもちろん、お店の雰囲気もオーナー夫妻もとっても素敵なので、お近くの方は是非!
近くじゃなくても、駐車場もあるから、ぜひぜひ、足を運んでね!!

                                                      
この10年。
私たちを愛し、慈しみ、励まし、支え、祈り、助け、共に分かち合ったすべての兄弟姉妹に


ありがとう!!!

そして・・・

私たちの愛する創造主、主イエス様に感謝

ありがとう!!!

これからもどうぞ、皆さん、ヨロシクです・・・

ちなみに、次の記事は10年記念旅行~宮崎編です、乞うご期待(*^▽^*)/~~~

                               

                                                                  
                                                                     

当ブログは、キリスト教プロテスタントのクリスチャンであり、プレシャスモーメント(プレシャスモーメンツ、Precious Moments)のコレクターでもある[pm-fun]が管理人です。                                                                                                                                                         

                                                      
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2006年12月26日 (火)

インマヌエル

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『Crown Him Lord』(1980's)

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「見よ、処女がみごもっている。そして、男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)マタイ1:23
                                                                                                
                                                                                                
一人ぼっちだと思っている人。
あなたは決して一人ぼっちではありません。
神様がともにいてくれます。 
見放されていると思っている人。
あなたは決して見放されていません。
神様があなたの手を握ってくれています。

愛されていないと思っている人。
あなたは密かに、大いに愛されています。
神様があなたを愛していてくれます。

インマヌエル
神がともにおり、ともに歩み、慰め励まし、愛してくれる。
神の性質を最もよく表したことばが、このインマヌエルだと思います。
                                                                                                 
「女が自分の乳飲み子を忘れようか。
自分の胎の子をあわれまないだろうか。
たとい、女たちが忘れても、
このわたしはあなたを忘れない。」イザヤ49:15
                                                                                                 
「わたしの目には、あなたは高価で尊い。
わたしはあなたを愛している。」イザヤ43:4
                                                                                                                      
インマヌエル・・・主は私たちとともにおられる。
                                                                                                                     


                                                                                                                     
この記事は、虎の子さんというクリスチャンで小児科医の方のブログから転載させていただいています。
クリスマスは過ぎましたが、私たちの心には、いつも、いつまでも、救い主にとどまっていただくことができるのです。

                                                                                                                      
                                                                

                                                                                                                                                 

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2006年12月23日 (土)

クリスマスの意味

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『Come Let Adore Him』

(←大きな画像で見たい方は、画像部分をクリックして下さい!ブログ内サイドバーにあるマイフォトからみることもできます。)

マリヤはヨセフを愛していました。マリアとヨセフはもうすぐ結婚するのです。
ヨセフはナザレの町に住んでいましたが、ヨセフの一族はベツレヘムの人でした。
 
ある時、新しい皇帝カエサルが全世界の国民の人数を調べるためにこのように命令しました。
「世界中のすべての人は、自分の故郷に帰って住民登録をしなさい」

マリヤとヨセフは、ヨセフの故郷のベツレヘムに向かいました。
マリヤは、もうすぐ赤ちゃんが生まれそうです。
ベツレヘムに着いた二人は安心して休めるところを探しましたが、どこの宿屋も満員で二人の居場所はありませんでした。
ようやく二人に居場所を与えてくれる人があらわれました。
「部屋は空いていませんが、家畜小屋でよければ泊めてあげますよ。」
ヨセフは、マリヤのために家畜小屋の中であたたかい寝床を作りました。
そこで、イエス様がお生まれになったのです。
マリヤはイエス様を布でくるむと、飼葉おけに、そっと寝せました。

イエス様がお生まれになった晩、羊飼いたちが羊の番をしていました。
そこに突然、神様の光がまぶしく辺りを照らし、天使が現われて言いました。
「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。
きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。
あなたがたは布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。」
すると、その天使と共にたくさんの天の軍勢が現われて神を賛美して歌いました。
「いと高き所に、栄光が、神にあるように。
地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」
 
羊飼いたちは、急いでベツレヘムに行って、赤ちゃんイエス様を見つけました。
そして、マリヤとヨセフに、天使が言ったことを伝えました。
羊の群れのところに帰る時、羊飼いたちは、見たことや聞いたことを皆に伝えました。
歩いている間中、大声で神様を賛美しました。(こどもバイブル)

                                                      
あと数日でクリスマスです。
私の家でも、大きなクリスマスツリーを息子達と一緒に飾りましたが、皆さんのおうちでも飾られたり、あるいは、どこか有名なスポットに家族で見に行かれたりすると思います。

では、クリスマスとは何の日かご存知でしょうか?
クリスマスの英語のスペルをちょっと想像してみてください。
「CHRISTMAS」ですね。
その中に、あることばが隠れているのですが、わかりますか?
「CHRIST」ですね。
これはキリスト、つまり救い主のことです。
では、残った「MAS」って何かご存知ですか?
「お祝い」という意味があるそうです。
ですから、クリスマスの意味することは「救い主のお祝い」なんです。

皆さん、お誕生日にバースデーケーキとか食べますよね。
私のうちでも、今月、ヒデ&カズの誕生日だったのでケーキを食べました。
その真ん中には「ヒデくん、お誕生日おめでとう」「カズくん、お誕生日おめでとう」と書きました。
もちろん、ふたりが寝た後に食べたわけではありません。
お誕生日のふたりが主役なので、ふたりのために「ハッピーバースデー」を歌って、ローソクに火をつけたのをふたりが吹いて消して、それから家族で分けて食べました。
主役がいないのに、お誕生日をお祝いなんてしたら、どうでしょう?
ヒデ&カズはまだ小さいので、もしかしたらごまかすことはできるかもしれない、でも私だったら、私抜きで誕生日会をして、ケーキを食べたりされると、とても寂しいです。
皆さんはいかがでしょうか?

でも、実際にやってしまっているのです。
クリスマス、つまり、イエス・キリストの誕生日に、主役抜きで、クリスマスパーティをそこら中でやっているのです。
中にはその日がお誕生日の方もいるかもしれませんが、ほとんどの場合は、何の日かわからずに、ただ「クリスマス」というのをお祝いしているのです。
                                                                                                                     
では、なぜ、イエス・キリストの誕生日を祝うのでしょうか?
本当のクリスマスとは、聖書に書いてあるように、天地を創造された主による「救い主の約束」を知り、それがキリストの誕生によって約束が守られ、キリストの十字架の死によってすべての人の罪が赦され、キリストの復活によってすべての人に「永遠のいのち」つまり、天国への希望が与えられたことを確認し、それを可能にしてくれた主の大きな愛をもう一度心に留め、私たち自身の目を天国に向けるときなのです。
簡単に言うと、主イエス様が私たち人間を罪から救うための救い主としてお生まれになったことを心に留め、お祝いすることです。

じゃあ「罪」ってなんでしょう。
殆どの方はいわゆる「犯罪」とは関係ないですよね。
でも聖書で言う「罪」とは、「犯罪」のことだけではありません。

聖書に書かれている「罪」とは、「犯罪」以外にも私達が普段「罪」と意識していないようなことまで記されています。
たとえば、口に出さなくても心の中で人の悪口を言うとか、うわさ話をするとか、すべての人が経験しているこれらの言動が、ほぼ「罪」なのです。
だから、残念なことに、すべての人が「罪人」なのです。
この「罪」から私たちを救って、天国に入れるようにしてくださったのが、救い主としてお生まれになり、十字架につけられたイエス・キリストそのお方ただ一人なのです。

キリストの誕生日を私たちクリスチャンがお祝いするのは、キリストを「お祝いしてあげている」のではありません。クリスチャンだからやっておかないと・・・というような義務感やプレッシャーからお祝いしているのではなく、キリストが誕生したという事は、私たちが「永遠の破滅」から救われたことを意味しているからこそお祝いするのです。

私自身は、クリスチャンではないときにはもちろん、世間一般のクリスマスを過ごしていました。
こどもの頃は、ミッション系の小学校に通っていたので「クリスマスが救い主の誕生日」ということは知っていましたが、別に深く考えもしないし、両親はクリスチャンではないから、ただいつもより豪華な食事にありつけて、ケーキ食べて、ゲームして、夜寝て朝起きたらプレゼントがあるという、サンタクロース主役のクリスマスでした。

学生や社会人になってからも、もちろんクリスチャンではない友達と一緒にちょっと豪華な食事して、カラオケやボーリングやビリヤードなんかに繰り出して、夜通しドンチャン騒ぎをして遊んでいました。
その時々は確かに楽しかったけど、その翌日って、とてもむなしかったような気がします。
いつもどおり仕事に行って、街中のクリスマスの飾りなんかもさっさと撤去されて、クリスマスの余韻に浸るような気持ちもないまま、大掃除のついでにクリスマスに何をして遊んだかも忘れて、年末年始を迎えていました。

でも、クリスチャンになったあとのクリスマスは、翌日のあのむなしさを感じなかったのです。
ドンチャン騒ぎをする必要もなくて、ただ、主に目を向けて、その救いの喜びだけが私の心をいっぱいにしていたからです。
なんていうか、「ぽわぽわ」っていった感じのあたたかさで包まれていました。
街中のクリスマスの飾りがなくなっても、心の中にいっぱい飾りつけがされている感じだったのです。
「満たされる」っていう言葉がありますが、まさに、その言葉どおりでした。
年末という主婦にとっては恐ろしいくらい忙しい時季も、満たされた穏やかな心のまま、過ごすことができました。

皆さんは、クリスマスをどのように迎え、また、過ごしてこられたでしょうか。
もしかすると、今日も、ケーキや料理、プレゼントのことや、友達とパーティを計画されている場合には、その手配などで「いっぱいいっぱい」になっているのではないでしょうか?
また、クリスマスのあとには、「クリスマス疲れ」を引きずったまま、「年末」に忙殺されていませんか?

神様や救い主のことを覚えて、クリスマスを迎えていただけたら、去年までのクリスマスとは違った思いで過ごしていただけるのではないでしょうか。
ぜひ、救い主イエス様を主役として、クリスマスをお祝いすることを考えてみてください。
                                                                

                                                                                                                                                 

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2006年9月13日 (水)

祝★結婚記念日 特別版

本日、9月13日は私たちの結婚9周年記念日♪
主人が予約してくれていたお店「CAFE LA COTE」で、コース料理をいただいたよ(*^-^*)

あまりにおいしくて、雰囲気も抜群に良くて、若いオーナーさん夫婦もとっても気さくで、近くの方がいらっしゃったら、ぜひぜひ、オススメのお店だよ!

まずは、本日いただいたコース料理を紹介!

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上段左から順番に
①生ハムと野菜のマリネ (野菜はナスとトマト)
②鯛といくらのカルパッチョ
③モッツァレラチーズと大葉の冷製パスタ トマトソースがけ
④かぼちゃのポタージュとフランスパン
⑤帆立とサーモンのミルフィーユ仕立て
⑥骨付き鶏モモ肉のコンフィー (私がいただいたメインディッシュ)
⑦鴨肉のロースト (主人がいただいたメインディッシュ)
⑧ガトーショコラケーキ ホイップ添え & チョコレートアイス クレープ包み
 (右奥はこども用のデザートでバニラアイスクリーム)
⑨キッズプレート (特別に頼んで用意していただいたもの)

あと、食前にドリンクのサービスもあった。
私たちはアルコールは飲まないので、ジュースとウーロン茶をいただいた。
食後のデザート時には、コーヒー、紅茶、カプチーノのいずれかがサービスだった。
コーヒーだと眠れなくなっちゃうので、紅茶をいただいたよ。

さて、恥ずかしながら私は好き嫌いがあるため、オーナーさんに頼んで、食材もこちらの希望通りにしていただいた。

また、キッズプレートは通常メニューにはなく、特に『ご飯(米)』を扱わないお店であるにもかかわらずお願いしたところ、快く用意してくださった。

ちなみにこれで大人のコースひとり3500円、キッズプレートひとり1200円。
この抜群のおいしさとボリュームとオーナー夫妻の温かいもてなしでこのお値段は、非常にお得と感じたよ。
お店の雰囲気も、素晴らしく素敵!
外観は和風なんだけど、フレンチ&イタリアンのお店で、こじんまりとした、清潔な、本当に気持ちの良いトコロ♪

お店の名前は「CAFE LA COTE」

東生駒2丁目にあるよ。
駐車場もお店の裏に1台分、1分くらいの所に2台分スペースが確保されてる。
お近くの方はぜひ一度、行ってゆっくりくつろいでね!

行きたい方は、コメントで問い合わせてくれたら、詳しくお知らせしま~す!

                             
                                                                                          
                                   
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お薦めしていませんので・・・

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2006年8月 5日 (土)

ヒロシマ、伝えていかなければならないこと

私の父は被爆者。
当時8歳、小学2年生、入市被爆。

61年前の8月6日にヒロシマに原子爆弾(原爆)が落とされて、そのとき市内(指定区域内)で被爆した人を一号被爆者または直接被爆者、原爆投下後2週間以内に放射能で汚染された市内に入って被爆した人を二号被爆者または入市被爆者、一号と二号以外死体処理・救護従事者を三号被爆者、妊娠している人のおなかにいた胎児を四号被爆者または胎内被曝者と言います。

被爆者は日本人だけではありません。
強制的に動員された中国や韓国の方もたくさんいらっしゃいます。
(↑もともと住んでいらっしゃった方もいます)
そして、捕虜となってたまたま広島の憲兵隊司令部で監禁されていた12人のアメリカ兵もいました。
原爆投下後、このアメリカ兵たちのうち即死しなかった2人は、監禁されていた場所から引きずり出されて、瀕死の状態になっているにもかかわらず、産業奨励館(原爆ドーム)近くの電柱に鉄線で縛り付けられ、怒り狂った人たちに石やれんが、ガラス瓶を投げられたり、唾を吐き掛けられたりしました。
若い兵士たちで、そのうちのひとりは青い石の指輪をはめていたとの証言もあります。
「ウォーター(水)」といいながら息絶えました。
今は、彼ら12人の名前も原爆死没者名簿に記載され、そのうち8人の遺影が慰霊碑内に納められています。

父は広島の田舎の方に疎開していて、きのこ雲をその目で見ました。
そして何日か後に、父親(私の祖父)と一緒に入市し、残留放射能で被爆しました。
入市の目的は、自宅が無事かどうかの確認。
人の死体を目にすることはなかったそうですが、家畜などの死体はそのまま放置されていたそうです。

私の父は、それ以上は覚えていないのか、話すことはありませんでしたし、この話も、1度か2度、してくれただけでした。
私の実家には、被爆後の焼け野原のヒロシマの写真が古いアルバムに貼ってあって、それを見せながら話してくれたのです。

戦後、当時小学生の父のアメリカ軍人に対する印象は、ひとなつっこい、お菓子をくれる人たち
よく、チョコレートやガム、キャンデー(父はキャンディとは言わなかった)をもらった。
あるとき、メリーという名前の犬がいなくなり、近所の人たちと一生懸命探していたら、アメリカ軍人たちがジープから降りて一緒になって「メリー、メリー」と探してくれた、もちろん、彼らはメリーという女の子だと勘違いしていたらしい。犬が出てきたときは笑いながらよかったね、みたいな笑顔で去っていった。
またあるときは、プールで父と泳ぎの競争をし、父が勝ってアメリカ軍人の方にえらく誉められたとも言っていました。
父は、原爆を落とされた事実よりも、その後のアメリカ軍人たちの優しく温かい姿に良い印象を持っていたようです。
当時の大人たちは、その光景をどう思っていたのかはわかりません。
もちろん、原爆のひどい被害にあった方たちは、辛かったことと思います。

                               
私が小学生の時、近所の公民館で原爆投下後のヒロシマを記録したフィルムの上映会があるということで、見に行った事があります。
そこには、アメリカから日本に留学していた20歳代の女性もいました。
フィルムは、目をそむけてしまうような、そんな場面が非常に多いものでした。
彼女は上映後、マイクを持って話し始めました。
私は彼女の言葉を、なぜかはっきり覚えています。

「私が日本に留学を決めたとき、家族は反対しました。
そして、その留学先が広島だとわかると、家族はさらに反対しました。
広島に行ったら、お前は殺されるか傷つけられるだろう!
お前が殺されるのを見過ごすわけには行かない・・・と。
そう言い続ける家族を説得して、広島に来ました。
私はそのとき、その意味がわからなかったけど、今、このフィルムを見て、初めてわかりました。
アメリカのしたことの大きさを。
アメリカでは、原爆投下は戦争終結を早めたとしか知られていません。
私もそうでした。
このような恐ろしいことがあったと言うのは、到底信じられません。
アメリカでは原爆のことを言われたらパールハーバーを言う人が多くいます。
でも、
人を殺すという意味でどちらも悪いです。
でも、原爆はあまりにもひどすぎます。
してはいけないことだったのです。
私はこの夏でアメリカに帰ります。
でも、今日見たことを、必ず伝えます。」

                           
私はその当時、自分が被爆2世であることを知りませんでした

だから、遠い昔(といっても、その当時からみて30数年前?)の戦争の話だったんです。
自分が被爆2世だと知ったのは、中学に入ってからなんです。
ちょっとショックでした。
でも、全く健康な父を見て、心配する必要はないと思っていました。

ところがその父も私が高校生のときに、脳出血で倒れたことをきっかけに原子爆弾被爆者手帳を申請し、二号被爆者として公に認められました。
この手帳を申請するためにはたくさんの条件があり、特に「被爆証明書・・・第3者2名以上の方に被爆証明書を記入してもらう」というのがかなり困難です。
証明してくれる人がいるなら可能ですが、実際には、なかなかいないのです。

申請の仕方のURLを貼りましたので、ぜひ、見てください。
http://www.awa.or.jp/home/awah-c/sonota/genshi.htm

                             
そして一昨年、原爆投下後59年目の夏に、父は悪性リンパ腫(=原爆症)を発症しました。
そのとき、あと2~3年、と宣告されたそうです。
しかし、そのたった3ヵ月後に、父は倒れ、植物状態で半年間生き、60年目の夏を迎える前に天に召されました。
68歳でした。

原爆の放射能は、今なお、被爆者を苦しめ、まだ原爆症を発症していない人たちもいつ発症するかわからない恐怖におびえているのです。
父だって、戦後59年もたったこの平和な時代に・・・、まさか自分に・・・、という思いだったでしょう。

                        
8月4日、広島地方裁判所で、ある裁判の判決がありました。
原爆症と認めてほしいという申請を却下したのは不当だとし、全国の被爆者らが却下取り消しなどを求めた裁判で、原告41人全員が勝訴したのです。
このような判決を本当に喜ぶと共に、未だに認定されない、また、日本に来ることができずに申請のできない世界中の被爆者について国はもっと考慮し、認定基準を見直し、1日も早く認定してほしいと、切に願います。

                              
今年も8月6日に広島平和記念公園で平和式典が行なわれます。
原爆投下60周年の去年もありました。
私の父の名前も、そのとき、原爆死没者名簿に記載され納められたそうです。
毎年、数十名の名前が追加されていきます。

その去年、ヒロシマは、核保有国7カ国(アメリカ・ロシアなど)と去年2月に核保有を公言した北朝鮮に式典参加の招待状を公式に送付しました。
式典に参加したのは、ソ連当時チェルノブイリの原発事故で放射能汚染を経験したロシアのみでした。
北朝鮮からは返事さえありませんでした。

                               
私は広島で生まれ、広島で育ちました。
今は、広島を離れて生活していますが、広島が大好きです。
私は去年、広島で生まれ育った者として、被爆2世として、もっと、ヒロシマの事を知りたいと初めて思いました。
それで、去年の8月6日の新聞も残しています。
これからはもっと、積極的に、平和に対して興味を持っていく必要があると思います。

「戦争」と呼ばれる「人殺し」を、見過ごすべきではないと思います。
人が人を殺す、そんな狂気の世界を許すことができません・・・

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